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肥前佐賀藩で実際に起こった御家騒動を基にした怪談話である。

 

安土桃山時代の終わり、肥前佐賀藩は龍造寺隆信が治めていたが、

隆信の戦死や後継者(政家)が病弱だったこともあり、

藩政の掌握は家臣の鍋島直茂とその嫡男の勝茂が執り行うこととなった。

 

やがて龍造寺政家の嫡男・高房が成長し自身が家督を継いだ際に、

龍造寺氏は既に名目上の国主であり、その実情は鍋島家が全権を

握っていることを酷く憂い、自害を図る。

 

一命は取り留めたものの、この傷が元で後に高房は亡くなり、

それが引き金となり、龍造寺氏は御家断絶となってしまう。

 

この高房の無念に応えたのは、高房が生前可愛がっていた

愛猫であった。高房の情念が憑依した猫は化け猫に変化し、

鍋島家に夜な夜な現われ、勝茂を苦しめたのである。

 

本年の山車は、勝茂を苦しめる化け猫を退治するため、

鍋島家の家臣、千布本右ェ門が、愛槍を化け猫目掛けて

突き刺そうとする場面を飾る。

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盛岡の夏の名物は、さんさ踊りである。

 

昔、盛岡の愛宕町近辺に現われた羅刹という鬼を

封じるため、神が三ツ石に羅刹の手形を押させたという伝承から、

「岩手」という地名が生まれ、羅刹が二度と現われないことを祝って、

踊った踊りが今日の「さんさ踊り」であるといわれている。

 

この、三ツ石神社が発祥の地だと言うのが通説だが、

日本に伝わったのは欽明天皇が百済から仏教が伝えられた

同時期だという。その後、蓮如が浄土真宗の教えを説くために

用いた踊りだったらしい。

 

盛岡では、この踊りが、明治期より盛んになり、

今では「日本一の太鼓の大群舞」として親しまれている。

三ツ石さんさは、発祥の地である三ツ石神社にて現在でも

奉納されている。なお、さんさ踊りは例年8月の1〜4日まで、

盛岡市中央通にて開催される。

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